今宵の月のように
わたしは自分のことが好きでない。
何か失敗するたび、
「あーわたしはあの時もこの時も、人に迷惑かけて、恥ずかしいことばかり…。努力もせずグダグダと今まで何やってきたんだろう…何の成果も出さずこの歳まで…」
とネガティブなループに陥ることがよくある。
今仕事をしてないというのもネガティブな思考に拍車をかける。
いい歳してこんなことでグジグジしてるのも本当に嫌になってしまう。暇かよ!
でも好きなものはたくさんある。
音楽も漫画も小説もテレビもラジオも好き!
かっこいいものや美しいものをたくさん知りたいし味わいたい。
子どもが生まれてから、毎日やることは山積み、時間も体力もすぐ尽きる。
自分の好きなものを楽しむ機会は明らかに減った。
本やCD、DVDをたくさん処分した。好きな番組も見逃すことが増えた。
それでいてわりと平気に楽しく過ごしている。
今は子どもという大事なものがあるのだから当たり前だよ。そうだね、そうそう。そういうもんなんだ。
余計なものが少ないほうが生活に集中できていいよ。
わたしが今まで大事だと思っていたものは、実は大して大事ではなかったのかもしれないよ。
そうだよ、大したことじゃない。
最近、ラジオで「今宵の月のように」が流れてくるのを聴いて、驚いた。
ライブでの演奏も含め、何十回何百回と聴いてる曲のはずが、新鮮に感動してしまった。
なんと美しい声、美しい詞、美しい曲!
感動している自分にも驚いた。
ファンになったばかりの頃のこと、ライブで泣きながら演奏していたのを観た時のこと、紅白のこと、
心の中で鍵をかけてしまっていた記憶が一気に溢れ出て、あーーーそうだった!こういうとこが好きだったんだ!と思った。
うれしかった。
好きなものがあるということが自分自身の肯定につながる、という話を聞いたことがあって、でも全くピンときていなかった。
好きなものはかっこよかったり美しかったりするけど、それを好きな自分が実際ダメダメ人間なことには変わりないじゃないかと。
でもね…、
過去好きでいたことや、夢中になったことが、今の自分を力づけてくれているのだと思うと、
好きでよかった!と思うと同時に、過去の自分は間違ってなかった!と思えてくるものですね。
今自分なりに頑張って生活していることも、たぶん間違ってないのだと思う。
またいつかそう思えるように精一杯やろう。
「もう二度と戻らない日々を 俺たちは走り続ける」
のですね。